外見という名の容器

人が多く行き交う交差点。出勤前の満員電車。

今日も多くの人が移動し、多くの人とすれ違う。

すれ違うけれど、誰も見向きもしない。気にも止めない。

なぜなら、透明だから

 

人間はとても面白い生命体だ。

生きるためにエネルギーを補給し続けるだけでなく、新たな遺伝子を残すために繁殖もする。

そして、感情があり知性がある。そして、複雑で多様な遺伝子によって姿が一人一人違う。

わかりやすい外見があれば、逆にわかりにくい内面も存在する。

しかしこの世界においては外見はただの容器。内面は自分自身でありとても不安定な物質だ。

 

容器は時が進むように時間と共に大きくなったり性質を変えたりする。

それと同じように、その容器に収まる中身も同じく成長するにつれて大きくなっていく。

そのはずだった。そうなるものだと思っていた。

だが、現実はそう甘くはなかった。

 

この世界では、容器が100%満たされている状態が、魅力的な人間として見られる。

容器から中身が溢れ出てしまっている人は、誰もがその人に目を向け、耳を傾ける。

容器のキャパを超えた中身は、本来の形状を変化させ、人々を魅了した。

 

反して、容器が満たされていない場合、その人は余った部分が透過している。

ちゃんと透けずに実体化できてるのは、中身がある場所だけ。

 

僕は、中身を成長させようと色々やってみたが大きくなることはなかった。

納得がいかなかった。

学歴だってある。家だって、割と裕福な家系だ。

言われたことだってちゃんとやってきた。

なのになぜ僕の中身が成長しないのかがわからなかった。

 

中身が成長していない人は、すぐにわかってしまう。

透過している=成長していないと見なされてしまう。

そのためこの世界では、一定の年齢を超えても満たされていない場合は生きていくことが難しくなる。

年齢なんてただの数字でしかなかったのだ。

 

もう誰も見てくれないのなら、諦めよう

僕は、誰もいない世界で生きることにした。

誰もいない。誰もいないから自分のことを見る人もいない。孤独だ。

誰もいないこの場所は、生きていくための環境もない。

だから、自力で生きていくことにした。誰かのためではなく自分のために。

僕は、この場所で生きていこう。誰からも見られることもなく、気づかれることもなく、ひっそりと時が来たらいなくなろう。

そしてこの日を境に、僕は社会から離脱した。

 

 

月日は流れた。あの日からどれくらいの年月が経ったのだろうか。わからない。

だが、あの日と確実に違うことがある。

根拠はないが満たされているような感覚がした。

この場所はいい。全てのものが実体として存在していて、生命としての循環もある。

あの日と違って、穏やかになっていた。

いつも通りに過ごしているとふと、刺激がほしくなった。

そして久々に人がいる場所へ行ってみることにした。

 

そこは大都会。外観が多少変われど、多くのビルが建ち並び、相変わらず多くの人が移動し、多くの人がすれ違う。

懐かしい風景を見ながら、当時のことを思い出していた。

思い出しながらも、前とは何か違うことに気がついた。前とは違う何か

視線を感じる。人々はすれ違うたびに僕のことを見ている。

なぜだ。僕の何がおかしいんだ

モヤモヤを抱えながら、歩き続け、ガラス張りの建物の前で立ち止まった。

そして目の前のガラスを見て、変化に気がついた。

そう、そこには僕がいた。はっきりと実体として存在する僕がそこにあった。

僕は唐突に理解した。

 

「そうか。僕は僕なんだ。」

 

この話はフィクションです。